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吉沢譲治『競馬の血統学 サラブレッドの進化と限界』 第1章セントサイモン

1998年JRA馬事文化賞を受賞した血統研究家による著書の1章より抜粋とメモ。2章以降も続く予定。

セントサイモン

強い近親繁殖は精神的、肉体的な弊害をもたらすが、その一方で血統面できわめて深刻な状況をもたらす。
それは血統の閉塞状況、飽和状況というべきもので、強い近親繁殖の繰り返しが積み重ねられたり、ある特定の優秀な血統に片寄っていくと、一定の時期から活力、頑健さ、生命力、遺伝力といったものが急速に衰えていき、そのうちぱったり走らなくなる傾向があるのである。

本書を通じて語られるのは、ひとたび主流となった父系はやがて近交により血の袋小路ともいうべき状況となり、その国の馬産自体が危機に陥ってしまう。それを打開するのはいわゆる「雑草血統」であるという主張である。
第1章の主人公セントサイモンは、「セントサイモンの悲劇」であまりにも有名であるが、その登場はむしろ血の飽和に苦しむ英国の救世主としてであった。
名馬にしばしばみられるように、非常に気性が荒かったことが伝わる本馬は、クラシック競争には無縁ながら、10戦全勝の非の打ちどころのない競争成績を残した。
種牡馬としてはさらに成功し、初年度産駒が4歳になった時点から計9度のリーディングサイアーとなった。その後は産駒を含めセントサイモン系の人気は過熱し、生産者はその血に群がった。母の父としても非常に優秀で、まさに非の打ちどころの無い種牡馬といえた。
しかし母の父として産み出した、その優秀な牝馬セントサイモン種牡馬と配合できず(物理的には可能だが、近親交配がきつすぎる)、父系は血の袋小路に陥っていく。一方で優秀はセントサイモン牝馬は、かえって他の父系に活力をもたらした。その後の父系衰退はよく知られた通りである。
馬産において近交は必ずしも悪手ではないが、「近交しか手段がない」状況は確率の悪い賭けを永遠に続けるようなものなのだろう。そのうちに主流から外れ、傍流に追いやられていくのである。
しかしながら、母系から極めて影響力の強い大種牡馬を送り出したセントサイモンの血は、ほぼ全てのサラブレッドに受け継がれている。エクリプスなどと同様に、サラブレッドの競争能力を一段底上げした存在といえるだろう。